◉震災発レポート
映画『男はつらいよ寅次郎 紅の花』
長田ロケ密着 ❶
〜寅さんが長田にやって来た!〜
神戸市長田区菅原通 ◉ 1995年10月25日
text by kin
1995.10.29 up
神戸に寅さんを呼ぼう!
神戸市長田区菅原通地区は、兵庫区に隣接しJR関西本線の高架のすぐ脇に位置する。ここは被災地でも最も被害の大きかった地域の一つで、ほとんどすべての建物が被災し数十名もの方が亡くなった全焼地区である。アーケードの菅原商店街や菅原市場商店街は骨組みを残して焼け落ち、その光景は報道でも多く取り上げられシンボリックとなった場所だ。
95年10月の時点で、ここは復興都市計画で定められた「震災復興土地区画整理地区」に指定されているので、計画が決まるまでは本建築を建てることができない。プレハブの仮設建物がまばらに建つほかは、その多くが更地となったままである。郊外の仮設住宅など遠く離れた所に移り住んだ人も多く、市街地には人が戻っていない。人がいないのでまちづくりの話も進まず、商店の営業も苦戦を強いられ、そしてまちは活気を失ったままという悪循環が続いている。
4月頃まちづくり話の場で、避難所で観た映画『男はつらいよ』の話が出た。そして元気を貰ったその寅さんに神戸に来て貰おうという話が出ると、話がとんとんと広がり「寅さんを迎える会」が結成された。そしてついには監督の山田洋次さんらに、直接ラブコールを送ることとなった。
前略山田洋次様、渥美清様。復興の町、長田を「寅さんシリーズ」に登場させてもらえませんか。〜(略)寅さんの温かさ・笑い・涙は、被災者への何よりの支援だと感じます。
これを受けた山田監督と松竹側は、当初難色を示していたという。復興も待たないまま未だ更地の残る被災地でのロケの実現というのは、無理なのではないかと。しかし幾度にも渉る地元の熱心な呼びかけに折れて、ついに長田ロケが実現する運びとなった。
被災地はまるでお祭りのような賑わいに
10月25日水曜日の菅原の街は、前日の雨とはうって変わって気持ちの良い秋空に包まれた。ついに映画『男はつらいよ寅次郎紅の花』の長田ロケの日を迎えた。8時26分、撮影がスタート。ファーストカットは、寅次郎が焼け跡の更地を訪れるシーンだ。出番を待つ寅次郎役の渥美清さんは、作品中の寅とはうって変わって、いつになく厳しい表情を見せている。この更地はセットではなく、本物の全壊全焼の被災地だ。そのリアルな緊張感の中に、フィクションの寅次郎が入り込んでいる。
菅原には、寅さんを一目見ようと2,000人以上もの多くの人たちが詰めかけた。新春という舞台設定でセットの看板も正月の装い。それも相まって、周辺はお祭りのような賑わいを見せている。新聞、テレビ、通信社といったマスコミ陣も、久々に被災地に揃った。このように何かニュース性のあるイベントがないと、マスコミはもう被災地には振り向かないのだ。この日は天気は良いが雲が多かった。ライティングでの光量を得るために、しばしば太陽が雲から顔を見せるのを待つために撮影がストップする。この太陽待ちの時間が結構長い。
ここの人たちに何かのお力添えができたら
撮影も中盤に入ったころ、合間を見計らって市場の駐車場で会見が開かれた。運良くマスコミ陣に混じって一番前に陣取り会見に臨む。山田洋次監督は、長田の印象を、
震災があろうとなかろうと、長田は『人情の街』だということが、ここに来てとてもよくわかりました。
と話した。そして渥美清さんは、
もっとひどくなっているのかと思っていたら、復興が早くて立派なものだなあと感じました。少しでもこういったことで、ここの人たちに何かのお力添えができたら目的は達成されたと思うし、私も嬉しいです。
と、今回のロケの感想を述べた。また"寅さん"としてのメッセージを求められ、
いろいろと大変で辛いこともたくさんあるだろうけれど、がんばって欲しい。
とのエールを贈った。この長田ロケには他にも、西宮で自身も被災した芦屋雁之助さん、地元球団のオリックス・ブルーウェーブ出身のパンチ佐藤さん、そして漫才師の宮川大助・花子さんらも参加している。宮川夫妻は、
実は私ら、長田区は初めてなんです。『長田』言うたら(震災で大きな被害をうけたから)考えただけで涙出てきて、元気づけなあかんなあと思って。そしたら(プレハブ店舗の)商店街に入ったら『わぁー花子さーん!』って、みんなめっちゃ元気やん。私らが100人くらいおる感じで、こっちがたくさんの夢を頂いた感じですわ。
と明るくコメント。その言葉通りロケの合間には、見学に来ていた車イスの集団の人たちに囲まれて、明るく談笑する大助さんの姿が印象的だった。
[続く]
◉初出誌
『WeeklyNeeds』(1995.10.29号Vol.2No.7,すたあと長田発行)掲載を加筆し再録。
#文中に登場する名称・データ等は、初出当時の情況に基づいています。
- 「下町長田に寅さん登場!か?」『WeeklyNeeds』1995.7.2号(Vol.1No.17)
- [2008/10/30]ニッポン人・脈・記おーい寅さん(11)パン屋の手紙ロケがきた - 朝日新聞夕刊
- 『両さんと歩く下町—『こち亀』の扉絵で綴る東京情景』,秋本治,集英社新書,集英社,2004
- 『男はつらいよ』公式サイト - 松竹株式会社
- [2007/01/10]共に生きる街−被災作業所と地域の12年上.寅さんの茶の間炊き出し原点「役割見えた」 - 神戸新聞
- [2006/10/11]長田には「本当の交流ある」山田洋次監督を「囲む会」 - 神戸新聞
- [2005/01/15]「碑は語る震災10年」26.寅さん「男はつらいよ」ロケの記念碑(神戸市長田区)被災地に笑いと勇気 - 神戸新聞