阪神・淡路大震災で失われたモノ、残されたモノ、生まれたモノ…そんな記憶を記録します。

青池 憲司 監督作品 映画『宮城からの報告—こども・学校・地域』製作委員会

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コラム・撮影報告

石巻撮影報告
8/16

お盆のお墓参りで賑わう瓦礫の原

text & photos by 青池憲司

2011.8.11  up

夏の被災地の一断面

夏の門脇町 (宮城県石巻市 2011年8月) Photo:青池組
夏の門脇町 (宮城県石巻市 2011年8月15日) Photo:青池組

酷暑のお見舞いを申し上げます。写真は、8月15日の門脇(かどのわき)小学校です。アジア太平洋戦争の敗戦からは66年が過ぎました。わたしのもっとも遠い記憶にある風景は、浜松というまちの敗戦直後の焼野原(一望瓦礫)です。その年(1945年)からきっちり50年をへて、KOBEで再度(1995年)焼野原に出会いました。阪神大震災です。それから16年余が過ぎ、いまは、東日本大震災の津波と火災で失われた一望瓦礫の原にいます。

門脇小学校の校区の門脇町、南浜町には、西光寺、稱法寺というお寺があります。両寺とも津波にやられ、墓も倒されたり流されたりしました。まだ、修復途上の寺と墓地ですが、お盆のお墓参りで賑わいました。遠くから帰省した家族もまじえて、様相が一変した元の住いに佇み、語り合い、まち(の跡)を歩く人びとの姿が見られました。

お花を手にした老婦人が、わたしに話しかけてきました。

「お墓は倒れ、骨壺も流されてしまって、ご先祖さまがどこにいるのかわかりません」
「それでも、ここ(門脇)にはいらっしゃると思って、花を供えます」
「どちらのご先祖も土のなかでは、みんないっしょの仏さまですものね」

夏の被災地の一断面です。

石巻の小学校は8月22日(月)に2学期がはじまります。

#文中に登場する名称・データ等は、初出当時の情況に基づいています。

青池憲司

ドキュメンタリー映画監督。震災後、親交のあった長田区の野田北部・鷹取地区に入る。"野田北部を記録する会"を組織し5年間に渡りまちと住民の再生の日々を映像で記録。
「記憶のための連作『野田北部・鷹取の人びと』全14部」(1995年〜99年,山形国際ドキュメンタリー映画祭正式招待作品)を発表、国内外で上映。2002年「日本建築学会文化賞」受賞。

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