◉震災発レポート
震災ウォーキング ❶
炎天下の繁華街を往く
東京都千代田区〜埼玉県和光市 ◉ 2008年9月23日
2008年首都圏統一帰宅困難者対応訓練
text by kin
2011.1 up
最後尾からの出発
晴天の午前10時、出発会場となった日比谷公園に到着すると、すでに先頭は10分前に出発した後だという。受付テントの撤収作業も始まっていた。道路のほうに目を移すと、最後尾が遠くに見える。急いで受付をすませて、地図やゼッケン、水などを貰い後を追った。今回で3度目となった帰宅困難者訓練への参加は、こうして何かと慌ただしく始まった。
都市部で災害が起こり公共交通機関が麻痺した時、歩いて帰るしか移動手段がなくなってしまう。幹線道路も緊急車両以外は通行禁止になるからだ。「帰宅困難者対応訓練」とは、それを想定して実際に幹線道路を歩いてみようという防災訓練である。首都圏で災害支援に関わるNPOや労組、生協、社協、企業などで組織する東京災害ボランティアネットワーク(東災ボ)が主管し、今回で8回目を数える。毎年1コース開催で場所を変えていたが、昨年からは各県ごとに複数コースの同時開催となった。今回は千葉、埼玉、神奈川、東京の4都県で、全5コースが設定されている。この日比谷公園は、そのうち4コースのスタート地点となっており、2,790人がここから出発したという。
ちなみに最近ではこのように徒歩で帰宅する場合は、災害発生当日は都市部に2、3日滞在し、落ち着いた数日後に帰宅するように望まれている。例えば東京都の想定では、震度5強でも帰宅困難になる人は約448万人にも上るとされている。それらが一斉に動き出すと道路が人で埋まり、救援・救助・消火活動などにも大きく影響すると予想されているからである。道路が埋まり渋滞で動けない、ということは、実際にも極めて深刻な課題なのだ。阪神・淡路大震災の時にも救援・救助・消火活動の阻害となり、被害拡大を防げなかった要因となってしまった。そうした教訓を基に、現在では家族や知人との安否連絡には171伝言ダイヤルや伝言掲示板を利用することが求められ、滞在中はその付近で救援や支援活動に携わって過ごすことが推奨されている。
休日のお濠沿いを往く
公園を出てすぐにゼッケンを付けた集団の最後尾に追いついたが、よく見ると私のゼッケンの色とは違う。よく聞いてみれば、こちらは千葉方面へ向かう集団だという。私が選んだのは、埼玉コースだ。改めて周囲を見回すと同じ色のゼッケンの集団は、遠く道の反対側の数百メートル先に伺えた。携帯メールへの「訓練情報メール受信」登録をしながら歩き、なんとかすぐに集団に追いつくことができた。みんなだいたい20代〜50代の男女で、特に40代くらいの男性が中心だろうか。中には1、2歳の子を乗せた乳母車を押して参加している人もいる。
日比谷公園から大手町に向かって皇居の濠沿いを進むと、カラフルな牛がビルの間に点在していた。丸の内オフィス街でちょうど「カウパレード東京丸の内2008」というパブリックアートイベントが開催中だった。実物大ほどの白い牛の模型に、参加アーティストが思い思いのペイントを施している。不意にこうしたイベントと出会うから街歩きは愉しい。道の反対側のお濠沿いの歩道は、休日ということもありランニングウェアーに身を包んだランナーでいっぱいだ。わざわざ空気の汚れた都内で走ることはないだろうにとも思うが。消防庁、気象庁といった官庁の前を抜けて竹橋の毎日新聞東京本社前で折れ、最初のエイドステーションとなる千代田区役所へ到着した。
千代田区役所エイドステーションに到着
「エイドステーション」というのは聞き慣れない用語だが、一般にはマラソンの補給所のことを言う専門用語らしい。この訓練では、帰宅困難者のためのサポート場所を意味し、トイレや水を補給できる休憩所のことである。同じ意の防災用語として首都圏の行政系では「帰宅支援ステーション」と呼称しているようで、コンビニの入り口のステッカーなどで見かける。またガソリンスタンドなどの石油業協同組合では「災害時サポートステーション」と呼んでいるようだ。しかし今の所、全国的には特に統一した名称はないようだ。
千代田区役所は、休日もロビーを開放しているようで、我々以外の一般の方たちの姿も多い。上階には眺めの良い千代田図書館もあり、先進的なシステムを導入していることで有名である。ガラス張りになって開放感のあるロビーには、テーブルで本を読んだり勉強している人も目に付く。そんな日常的空間の中に多くの訓練者が詰めかけ微妙な風景になっていた。エイドステーションと言っても、ここには特段何かが用意されているわけでもない。しかし訓練の目で見てみると、ただ雨風がしのげて水とトイレがあり、情報が得られるというだけでもありがたく感じられる。しかしそのトイレには男女共長蛇の列ができていたので、とりあえずここはパスして先を急ぐことにした。
飯田橋駅前の五差路渡る。ここから池袋までは、ほぼ地下鉄の東京メトロ有楽町線のルートの上を進んでいく形になる。歩くのは初めてでも、馴染みあるルートだとイメージがつかめ、また駅出入り口には必ず付近の案内地図が掲示されていることもあり、それを確認しながら歩けることは、多少でも安心感がある。このあたりの道は、神田川とその上に架かる首都高に沿う形となっている。歩道は狭く2人が並んで歩くと埋まってしまう道幅だ。さらに進んだ音羽の出版社群のあたりは初めて通るが、右側がけっこうな高台の台地になっていて、ちょっとした丘のようだ。本郷台地に向かって急な坂が何本も走っている。山手線内は、つくづく坂の街だと実感する景色だ。やがて次のエイドステーションとなっている護国寺見えた。
繁華街へ突入
ちょうど正午に到着した。スタートから7kmほどの地点である。門前の交番裏にあるトイレに行き、仁王門をくぐって護国寺の境内に入った。救援テントでお茶とビスケットの接待を受け、しばしの休息。木の幹には大きな地図が貼ってあった。情報的にはスタート時に貰った地図をただ拡大しただけだったので目新しさはなかったが、持っていない場合を考えると保険としての安心感はある。お茶のお代わりを頂いて、ついでに「水の補給もできます」とあったので、空になっていたペットボトルに水を足して貰った。今日は休日だけあって、護国寺は観光の参拝やお彼岸のお参りで多くの人で賑わっている。次のエイドステーションまで3.5kmということなので、それを目指して再び出発した。
首都高の高架に沿って歩く。左側には雑司ヶ谷霊園の一角が見えてくる。ここもお彼岸のお墓参りの人々が目に付く。東池袋に差しかかると高架下のお店に長い行列ができている。サンシャイン60の麓から移転してきた有名ラーメン店「大勝軒」だった。オープンテラスになっていて、揃ってみんながつけ麺を食べている。漂う魚介系スープの良い匂いが空きっ腹に効いてくる。都営荒川線の踏切を越えサンシャイン60の脇を抜けると、池袋駅に続く「60通り」に出た。これぞ都心という休日の繁華街の喧噪である。急に日常の風景にさらされたような気がする。その賑わいの谷間に、エイドステーションとなっている中池袋公園が現れた。
[続く]
DSを持っているなら普通の万歩計よりもこちらを。
生活リズムは身に付けるのを忘れないこと(カバンでも持っていれば可)。
クリスマスのプレゼントに!!
#文中に登場する名称・データ等は、初出当時の情況に基づいています。
◉データ
2008年首都圏統一帰宅困難者対応訓練
開催日:2008年9月23日
場所:東京都千代田区-日比谷公園~(川越街道経由)〜
埼玉県和光市-県営和光樹林公園(約23km)他、計4都県5コース
主催:2008年首都圏統一帰宅困難者対応訓練実行委員会
主管:東京災害ボランティアネットワーク
内容:徒歩帰宅訓練/エイドステーション設置訓練/情報発信訓練
徒歩帰宅スタート人数:3,493人
徒歩帰宅最終ゴール人数:2,874人
沿道で参加者への支援人数:1,287人
全参加者数:4,780人
参加ガソリンスタンド78箇所
- 東京災害ボランティアネットワーク
- 2008年首都圏統一帰宅困難者対応訓練
- 首都直下地震による東京の被害想定(最終報告)の公表について - 東京都総務局
- わが家の対策 - 帰宅困難者 - 東京都防災ホームページ
- 帰宅困難者支援場所の指定について - 千代田区防災ホームページ
- 特定非営利活動法人 キャンパー
- 災害時サポートステーション - 東京都石油業協同組合
- カウパレード東京丸の内2008
- 真言宗豊山派 大本山 護国寺
- 一般国道254号 東京国道事務所
⡷⡷関連記事
- ▶雨と太陽、日光街道を災害ウォーク!❷ 〜2010年帰宅困難者対応訓練/東京都千代田区〜埼玉県草加市 [2010年9月25日]
- ▶雨と太陽、日光街道を災害ウォーク!❶ 〜2010年帰宅困難者対応訓練/東京都千代田区〜埼玉県草加市 [2010年9月25日]
- ▷災害時の帰宅をシミュレーション❸ ついにゴール〜帰宅困難者対応訓練/東京都千代田区〜千葉県市川市 [2004年8月29日]
- ▷災害時の帰宅をシミュレーション❷ エイドステーションに到着〜帰宅困難者対応訓練/東京都千代田区〜千葉県市川市 [2004年8月29日]
- ▷災害時の帰宅をシミュレーション❶ 雨の都心をウォーキング〜帰宅困難者対応訓練/東京都千代田区〜千葉県市川市 [2004年8月29日]